✈️ 立ち止まっていたわけじゃない…
日本に戻ったあとも、しばらくは何も動けなかった。
空港からの帰り道。
見慣れたはずの街が、どこか他人のもののように見えた。
現実に戻ったというより――
別の世界に降ろされた感覚に近かった。
スーツケースを部屋の隅に置いたまま、数日が過ぎた。
何をすればいいのか。
どこからやり直せばいいのか。
答えは、すぐには出なかった。
やがて、ひとつだけ冷静に考えられるようになった。
「次、どうするか…」
海外での道は、現時点では万策尽きた。
では、日本で何ができるのか。
頭に浮かんだのは、「フライトインストラクター」という選択肢だった。
一度は考えたことのある道だ。
だが、アメリカでつまずいた直後だったこともあり、冷静に条件を並べていくうちに違和感がはっきりしてきた。
時間。
収入。
キャリアの広がり。
どれも、自分が求めている方向とは少しずつズレていた。
もちろん、それが間違いというわけではない。
ただ、自分には当てはまらないプランだと感じた。
自分が目指していたのは、あくまでエアラインパイロットだった。
当時の自分には、教官の道が最短ルートには思えなかったのである。
そうなると、選択肢は一つしかなかった。
資金を作る。
もう一度、次のチャンスに備えるために。
遠回りでもいい。
時間がかかってもいい。
まずは立て直そう。
そう決めた瞬間、頭の中が少しだけ整理された。
最初に思い浮かんだのは、以前働いていた飯田橋の居酒屋だった。
勝手も分かっている。
人も知っている。
だが冷静に考えると、通勤や勤務時間を含めて効率が良いとは言えなかった。
目的はただ一つ。
資金を作ること。
そこで目を向けたのが、同じグループの東京・八重洲店だった。
通勤しやすく、勤務時間も長い。
以前銀座で働いていた店舗と業態も似ていて、すぐに戦力になれる。
ここなら、もっと働ける。
もっと稼げる。
そう判断して、すぐに応募した。
履歴書を書きながら、ふと思った。
数か月前まで、自分は空の上にいた。
そして今は、地上で次の一手を考えている。
落差は大きかった。
それでも不思議と、完全に折れた感覚はなかった。
滑走路が変わっただけだ。
そう自分に言い聞かせながら、私は再び歩き始めた。
今振り返れば、本当に若かったと思う。
がむしゃらで、一直線で、周りが見えていなかったかもしれない。
それでも、心の奥にある「空への憧れ」だけは消えていなかった。
だからこそ、立ち止まっていたわけではなかったのだ。
✈️ 編集後記
今振り返れば、当時の自分は本当にがむしゃらでした。
「エアラインパイロットになりたい」
ただその気持ちだけで動いていたように思います。
もちろん今なら、もっと効率的な方法やリスクを抑えた選択肢も見えてきます。
しかし遠回りをしたからこそ分かったこともありました。
その経験が、現在Sora Fun Entertainmentで行っているキャリアサポートの土台になっています。
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