✈️ Ⅴ. 逆風の中の再スタート
日本での生活にも少しずつ慣れ、
資金を作りながら次の一手を探していた頃だった。
だが、世界の航空情勢は依然として厳しかった。
海外での就職の道は、ほとんど閉ざされたまま。
あの九月以降、空は明らかに変わってしまった。
努力や技量だけでは越えられない壁がある――
その現実を、嫌というほど思い知らされていた。
――ならば、どうするか。
ある夜、仕事帰りの道でふと足を止めた。
今の自分にできることは何か。
この状況でも、まだ可能性が残されている道はどこか。
そこで浮かんだのが、逆の発想だった。
「就職できないなら、“教える側”に回る」
フライトインストラクター。
操縦する側から、教える側へ。
その資格を手にすれば、閉ざされた道の先に別の扉が開くかもしれない。
待つだけではなく、
自分から動くための選択だった。
決断は早かった。
行き先は、アメリカ・テキサス州。
ダラスから車で数時間南下した、小さな町――テイラー。
名前すら聞いたことのない場所だったが、
そこに次のチャンスがあると信じて、私は再び海を渡った。
初めてのアメリカは、想像以上に戸惑いの連続だった。
空港に降り立った瞬間から、空気が違う。
乾いていて、どこか荒い。
広すぎる道路。
大きすぎる車。
どこまでも続く平原。
ニュージーランドとも、日本とも違う。
“アメリカ”という圧倒的なスケールに、ただ飲み込まれそうになった。
そして意外にも、一番苦戦したのがチップ文化だった。
レストランでは、いくら払えばいいのか。
コーヒー一杯でも必要なのか。
会計のたびに頭の中で計算しながら、
「これは、めんどくさいな……」
と何度も思った。
だが、そんなことで立ち止まっている余裕はない。
まずは生活基盤を整えることが先だった。
銀行口座の開設。
連絡手段の確保。
寮生活の準備。
慣れないテキサス英語で何度も聞き返しながら、
一つひとつ前へ進めていった。
寮に到着したのは夕方だった。
鍵を受け取り、部屋のドアを開けた瞬間、妙な既視感に包まれた。
ベッドが二つ。
簡素な机。
最低限の家具。
そして、その奥に一人の青年が静かに座っていた。
「Hi.」
短く、落ち着いた声。
顔を上げたその瞬間、思わず息を呑んだ。
――ムサウに、そっくりだった。
クライストチャーチで共に過ごした、あの寡黙なルームメイト。
その雰囲気が、目の前にそのまま存在しているようだった。
違うのは国籍だけだった。
彼の名前はシンバ。
ザンビア出身で、CPL/IRの訓練中だという。
多くを語らないが、必要なことは的確に伝える。
無駄がなく、感情に流されない。
その静けさは、どこか懐かしさすら感じさせた。
「長くなるのか?」
彼が聞いた。
「ああ、教官コースだ」
それだけで会話は終わった。
だが、不思議と気まずさはなかった。
同じ空を目指す者同士に、余計な言葉はいらないのかもしれない。
その夜、ベッドに横になりながら天井を見つめた。
ニュージーランドで別れたムサウ。
そして、テキサスで出会ったシンバ。
場所が変わっても、なぜか同じような“静かな存在”と出会う。
それは偶然なのか。
それとも、自分がそういう人間を求めているのか。
答えは分からない。
ただ一つ確かなのは、
その存在が少しだけ心を落ち着かせてくれているということだった。
外では、乾いた風が窓を叩いている。
見知らぬ土地。
慣れない文化。
そして、これから始まる新しい挑戦。
すべてが手探りで、不確かで、遠回りにも思えた。
それでも、この選択は間違っていないと感じていた。
就職の道が閉ざされたからこそ選んだ、
“教える側”という新たな道。
それは逃げではなく、
自分なりの突破口だった。
窓の外に広がるテキサスの空は、どこまでも高く、どこまでも遠い。
だが不思議と、その距離は以前より近く感じられた。
形は変わっても、自分はまだ空を目指している。
そのための一歩を、確かに踏み出していた。
隣のベッドからは、シンバの静かな寝息が聞こえていた。
その存在が、この場所をほんの少しだけ“現実”にしてくれる。
遠回りでもいい。
この道もまた、必ずどこかへつながっている。
そう自分に言い聞かせながら、
私は再びスタートラインに立った。 ✈️
✈️ テイラーという街
テイラー(Taylor)は、アメリカ・テキサス州中部にある小さな町。
オースティン近郊に位置する、典型的なアメリカのローカルタウンだ。
広大な平原。
どこまでも広い空。
そして、静かな環境。
観光地ではない。
だが、その“何もなさ”が、飛行訓練にはちょうど良かった。
✈️ パイロット訓練に向いている理由
・空域に余裕がある
・VFR日和が多い
・シンプルな空港環境
・訓練に集中しやすい
特に、基礎訓練やインストラクター訓練には適した場所だった。
✈️ 生活面はかなりリアル
ただし、生活は決して便利ではない。
車がなければ、ほぼ移動できない。
チップ文化にも慣れる必要がある。
最初は戸惑うことばかりだった。
だが、不思議なもので――
慣れてくると、その不便さが逆に訓練へ集中できる環境になっていった。 ✈️
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