✈️ Ⅻ. 静寂の中の交差点 ― Christchurch Days
ムサウとの生活が始まってから、時間の流れが変わった。 朝は早く、夜は静か。 感情の波が立たない分、日々は淡々と進んでいく。 だがその単調さが、逆に心を研ぎ澄ませてくれた。
ある午後、街へ出た帰り道だった。 古いカフェの前で、聞き覚えのある声がした。 「……おい、まさか。」 振り返ると、そこに立っていたのは Ted だった。 少し痩せたが、あの人懐っこい笑い方は変わっていない。 バックパックの肩紐を引き寄せながら、彼は言った。
「まだここにいるとは思わなかったよ。」 「俺もだ。」
それが、久々の再会の第一声だった。 Tedは大学卒業を目前に控え、 最後の研究とフライトの両立に追われていると言った。
「正直、楽じゃない。でもさ……」
彼はコーヒーを一口飲み、窓の外を見た。
「ここまで来たら、引き返す理由がない。」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し熱くなった。 それは、かつて同じ教室で、 同じ空を見上げていた仲間の言葉だったからだ。
「お前は?」 「CASA ATLP再挑戦だ。」
そう答えると、Tedは一瞬だけ黙り込み、 そして軽く頷いた。
「いい顔してるよ。」
それだけ言って、彼は笑った。 その夜、ムサウの家に戻ると、 俺はふと同期たちのことを思い出していた。
Sさん—— 日本人同期の彼は、無事に卒業し、 帰国後、日本で航空の道を探していると聞いた。 さらに、風の噂では、航空大学の教官になったとも。 教える側に回る。 それもまた、一つの正しい飛び方だ。
Oさん—— CPLの試験に通らず、 それ以降、誰とも連絡が取れなくなった。 消息不明。 ただ、彼の名前が話題に上ることは、次第に減っていった。 誰も悪く言わない。 だが誰も、深くは触れない。 それが、この世界の現実だった。
ムサウは黙々と計器進入のシミュレーションをしていた。
「Tedに会った。」
そう言うと、彼は一瞬だけ顔を上げた。
「そうか。」 それだけ。
「Sは教官になったらしい。」 「向いてる。」
短い評価。 「Oは……」
言葉に詰まると、 ムサウはペンを置き、静かに言った。
「飛び続けるには、資格よりも、覚悟が要る。」
それ以上、何も言わなかった。 その夜、机に向かいながら、 俺は改めて思った。 ここは、分岐点だ。 誰かは前に進み、 誰かは別の道を選び、 誰かは、途中で姿を消す。
だが、今ここにいる俺は、 まだ滑走路の上に立っている。 エンジンは止まっていない。 燃料も、まだ残っている。 ムサウの静かな生活、 Tedのまっすぐな背中、 同期たちのそれぞれの行き先。 そのすべてが、 今の俺を取り囲んでいた。 窓の外、クライストチャーチの夜は相変わらず静かだ。 だがその静寂の中で、 次に進む者だけが聞こえる音がある。
――微かに、だが確実に。 スロットルを押し出す準備音が。
今日はここまでにします。 アラインパイロットの憧れ。。。。Oさんのの分まで頑張って憧れます(笑)
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