パイロットは飛行中に寝ているのか?
序章
航空業界の話をしていると、一般の方からよく聞かれる質問があります。
「パイロットって飛行中に寝ることがあるんですか?」
おそらく多くの方は、
「まさか寝るわけないですよね?」
という答えを想像されているかもしれません。
しかし実際には、その答えは少し違います。
航空業界では、人間の特性を理解したうえで、安全性を高めるための様々な仕組みが存在します。
その一つが、Controlled Rest(コントロールドレスト) と呼ばれる疲労管理手法です。
今回は、あまり知られていないコックピットの裏側についてお話ししたいと思います。
Ⅰ 「人間は眠くなる」
まず大前提として、パイロットも人間です。
特に深夜便では、人間の体内時計が最も眠気を感じやすい時間帯に飛行することになります。
どれだけ経験豊富な機長でも、
どれだけ訓練された副操縦士でも、
生理現象そのものを消すことはできません。
現代の航空業界では、
「疲労は発生しない」
ではなく、
「疲労は発生するものとして管理する」
という考え方が主流になっています。
Ⅱ 「眠気を我慢する方が危険な場合もある」
一般の方は、
「眠くても頑張って起きている方が安全では?」
と思われるかもしれません。
しかし航空医学や疲労管理の世界では、必ずしもそうではありません。
強い眠気を無理に我慢し続けることで、
- 注意力低下
- 判断力低下
- 状況認識能力の低下
が発生する可能性があります。
そのため航空業界では、疲労を根性で乗り切るのではなく、科学的に管理するという考え方が採用されています。
Ⅲ 「Controlled Restとは何か」
私が以前勤務していた航空会社でも、運航規程の中にControlled Restに関する手順が定められていました。
Controlled Restとは、
コックピット内で計画的かつ管理された短時間の休息を取ること
を意味します。
もちろん、
「眠いから自由に寝る」
というものではありません。
実施には様々な条件があります。
例えば、
- 巡航中の低ワークロード時のみ
- オートパイロットが正常に作動していること
- 一度に休息できるのは1名のみ
- 機長の判断と了承が必要
などです。
つまり、あくまでも安全管理の一環として行われるものなのです。
Ⅳ 「実際のルールは想像以上に細かい」
私が在籍していた会社では、Controlled Restの時間にも明確な制限がありました。
計画された休息時間は、
最大45分まで
と定められていました。
そして興味深いのは、その後です。
休息を終えたからといって、すぐに通常業務へ戻るわけではありません。
さらに、
20分間の回復時間(Recovery Period)
が設けられていました。
これは「Sleep Inertia(睡眠慣性)」と呼ばれる現象への対策です。
人間は目覚めた直後、一時的に判断力や認知能力が低下することがあります。
そのため、休息後すぐに操縦を担当することは認められていませんでした。
回復時間を経た後、
- 機体状態
- 現在位置
- ATCとの通信状況
- 気象情報
などについて引き継ぎを受け、通常業務へ戻ることになります。
Ⅴ 「安全とは“無理をしない仕組み”」
一般の方が想像する安全とは、
「絶対に寝ないこと」
かもしれません。
しかし航空業界が考える安全は少し違います。
人間には限界がある。
疲労は必ず発生する。
だからこそ、
その疲労をどう管理するか。
そこに重点が置かれています。
安全とは、無理をすることではありません。
無理をしなくても安全を維持できる仕組みを作ることなのです。
結び
「パイロットは飛行中に寝ているのか?」
という質問に対する答えは、
「厳格なルールの下で、必要に応じて短時間の休息を取ることがある」
です。
意外に思われるかもしれません。
しかし、それは決して手を抜くためではありません。
乗客の皆さまを安全に目的地までお届けするために、人間の特性を理解し、科学的に疲労を管理しているのです。
これもまた、普段は見えないコックピットの仕事の一つなのかもしれません。
代表の一言
私が以前勤務していたエアラインでは、深夜便、早朝便、長時間勤務が入り混じる非常に不規則な生活を送っていました。
人間の体は機械ではありません。
ある乗務は、夜中に働き、朝方に着陸し、翌日は朝に出発する——そんな環境の中でも、乗客の皆さまに安全な運航を提供するため、常に最高のパフォーマンスを維持することが求められます。
だからこそ航空業界には、一般の方がほとんど知らない数多くのルールや仕組みが存在します。
コックピットの中では何が行われているのか。
パイロットはどのように疲労と向き合っているのか。
なぜ一見不思議に思えるルールが存在するのか。
その一つひとつの背景には、常に「安全」という揺るぎない考え方があります。
今後は、私自身の経験も交えながら、普段なかなか知ることのできないコックピットの裏側や航空業界のリアルについてお伝えしていきたいと思います。
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Author】
Haruo Shibasaki
Founder, Sora Fun Entertainment
Airline Pilot / A320 First Officer
Total Flight Time: 7,000h (A320: 4,000h)
▶ Profile
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