ⅲ 怒涛の岩手生活の記憶
見慣れない風景や聞き慣れない言葉に囲まれ、仕事環境に慣れようと努力していましたが、岩手弁が理解できず、コミュニケーションに苦労しました。後になって、東京から来たよそ者には冷たい風習があることを知り、孤独感に悩まされました。当時は消費税が3%から5%に上がった時期で、工場は駆け込み需要でフル稼働していました。週6日、朝8時から深夜2時まで働く日々。今ならコンプライアンス違反で完全にアウトな勤務状態でした。
特に腹が立ったのは、夏の猛暑の中、工場内が灼熱状態で空調も効かず、ヘロヘロになっていた時のことです。事務所に用事があって訪れると、課長が空調の効いた部屋でお昼寝していました。周りに「これっておかしいですよね?」と聞いても、「しょうがない」と言われるだけ。劣悪な労働環境に、自分の未来を真剣に考え始めました。
ⅳ 班長さんの存在
直属の上司である班長さんとは、一番長い時間を共に過ごしました。最初は寡黙な人でしたが、次第に会話が増え、私の生い立ちに興味を持ち始めました。特に、私の海外滞在経験の話に熱心に耳を傾けてくれました。いつの間にか、上司の壁を越えて良き相談相手になっていました。
「あの課長、何とかならないですか?」と尋ねたこともありました。班長さんは「うちの課のみんなが課長に怒りを感じているが、どうにもならない」と答えてくれました。この会社でのモチベーションがますます薄れていき、ご当地の散策を楽しむことでストレスを忘れようとしました。気仙沼、厳美渓、中尊寺金色堂、盛岡冷麺、わんこそば、地ビール、温泉、スノボ(夏の月山)など、色々楽しむことができました。久々に会いたいなぁ、班長さん(涙)。
ⅴ 本採用へ…
日々の激務に追われている中、突然の課長の人事異動が課内を騒然とさせました。みんなが悲しそうな顔をしている一方で、裏では歓喜に満ちているという皮肉な光景でした。
新しい課長が赴任し、「本採用の面接をしよう」との話が持ち上がったとき、私は自分の語学力を生かして「購買部」に行きたいと相談しましたが、課長は「大きな組織だから時間がかかるだろう、少なくとも10年」と言いました。それで私は本気で自分の将来を考えるようになりました。「このままでは工場を転々として生涯が終わる…もう一度英語をしっかり勉強しよう!」と決意しました。
班長さんに別れを告げるとき、涙が出たことは感情豊かなエピソードです。苦労して仕事を教えてくれた班長に感謝の気持ちでいっぱいでした。そして、冬のボーナスをもらい、短い9か月の新卒の就職期間に幕を閉じました。
厳美渓
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宜しくお願いいたします。
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