【✈️怒涛の我がエアライン人生】 私が経験した、ホンマの話。Ep2
Episode 2
「突然、オートパイロットが切れた。」
はじめに
パイロット人生には、教科書では学べない出来事があります。
普段は何事もなく終わるフライトがほとんどです。
だからこそ、突然起きた出来事は、何年経っても忘れることがありません。
今回ご紹介するのは、私が海外エアラインで副操縦士(First Officer)として勤務していた頃、実際に経験した機体トラブルのお話です。
マカオからパラオへ
当時、私はカンボジアの某エアラインで勤務していました。
その頃は一時的にマカオへ滞在し、マカオ-パラオ線を乗務していました。
その日の機長は、経験豊富な台湾人キャプテン。
約4時間半のフライトです。
離陸は順調。
香港空域を抜け、マニラ管制へ引き継がれた直後でした。
突然、コックピットにエアバス特有の警報音が鳴り響きました。
私は反射的にECAMへ目を向けます。
「AUTO PILOT OFF」
ECAM(Electronic Centralized Aircraft Monitor:機体の異常を表示するシステム)には次々とメッセージが表示されました。
AUTO PILOT OFF
AUTO THRUST OFF
オートパイロット解除。
オートスラスト解除。
さらに、関連するシステムの警告が次々と表示されます。
「何が起きた?」
それが最初の率直な気持ちでした。
ECAMを確認すると、機体は外気温(Temperature)の情報を取得できなくなっていました。
後日、整備部門からは、外気温センサーの汚れにより正常に計測できなくなっていたことが原因と説明を受けました。
実際に当時コックピットで表示されたECAM。オートパイロット(AP)とオートスラスト(A/THR)が解除され、外気温(TAT・SAT)の表示も取得できなくなっていることが確認できます。
エアバスならではの難しさ
ここで少しだけ、エアバスという飛行機についてお話しします。
エアバスは非常に高度なオートメーションを備えた旅客機です。
普段はオートパイロットやオートスラストが、速度や推力を細かく管理し、パイロットを力強くサポートしています。
しかし、それらを突然失うと、
コックピットのワークロードは一気に跳ね上がります。
操縦だけではありません。
速度管理。
推力調整。
ECAMの監視。
ATCとの交信。
航法。
燃料管理。
それまでシステムが行っていた仕事を、人間が同時に処理しなければなりません。
つまり、
「飛ばす」以上に、「考えること」が一気に増える。
これが高度に自動化されたエアバスならではの特徴です。
引き返すという決断
パラオまでは、まだ飛行距離のおよそ3分の2が残っていました。
このまま飛び続けるのか。
それとも引き返すのか。
機長と私は、
機体の状態。
天候。
燃料。
目的地までの距離。
代替空港。
一つひとつ整理しながら話し合いました。
そして、
「マカオへ戻ろう。」
という結論に達しました。
「PAN PAN」
しかし、もう一つ問題がありました。
今回の機体状態では、そのままRVSM空域を飛び続けることができませんでした。
RVSM空域とは、多くの旅客機が巡航する高高度で、高度の間隔を通常より狭くして運航している特別な空域です。
そのため、高度を高い精度で維持できることが前提となっています。
私は送信ボタンを押しました。
"PAN PAN, PAN PAN, PAN PAN..."
PAN PANとは、直ちに墜落の危険がある「MAYDAY」ではないものの、安全な運航を続けるために優先的な支援を必要とする際の国際的な緊急通信です。
ATCはすぐに状況を理解し、
私たちは反転してマカオへ向かいました。
マニュアル操縦の重圧
ここからが本当の勝負でした。
オートパイロットだけではありません。
オートスラストも使えません。
つまり、推力の調整もすべて手動です。
社内では、小型機のように自分で細かく操縦、推力を管理しながら飛ばすスタイルを「Low Data」と呼ぶことがありました。
特に神経を使うのが、ILS(計器着陸装置)を使った進入です。
普段ならオートスラストが速度を維持してくれます。
しかしこの日は違いました。
速度が少し落ちれば推力を足す。
速くなれば少し戻す。
その繰り返しです。
経験豊富なキャプテンでさえ、普段とは違うマニュアルスラストでの操縦には細心の注意を払っていました。
私はPM(Pilot Monitoring)として、ECAMの監視、チェックリスト、無線交信などを担当し、キャプテンが操縦に集中できる環境を作ることに全力を注ぎました。
改めて感じたのは、
二人で飛ばしている。
ということでした。
香港管制のプロフェッショナル
香港レーダーへ引き継がれると、
私はPANコールをキャンセルしました。
すると管制官から、
「何かサポートは必要ですか?」
「現在の機体状況を教えてください。」
そんな問い掛けが続きました。
そして通常なら空路と管制官に従ってしながら進入するところを、
約100マイル手前から、そのままファイナルアプローチへ向かえるよう配慮してくれたのです。
マニュアル操縦では、旋回が一つ増えるだけでもパイロットの負担は大きくなります。
その状況を理解したうえでのサポートだったのでしょう。
世界トップクラスと言われる香港管制。
そのプロフェッショナルな仕事に、私は心から感謝しました。
フライトが終わっても終わりではない
幸い、私たちは無事にマカオへ着陸することができました。
しかし、仕事はそこで終わりではありません。
ECAMの内容。
ATCとの交信。
PANコール。
引き返しを決断した理由。
すべてを詳細なレポートにまとめ、会社へ提出します。
安全に着陸すること。
そして、その経験を次の安全へつなげること。
それもまた、エアラインパイロットの重要な仕事です。
あの日、私が学んだこと
飛行機を安全に飛ばしているのは、パイロットだけではありません。
整備士。
客室乗務員。
管制官。
それぞれが自分の役割を果たし、お互いを支え合うことで、一つのフライトは成り立っています。
あの日、香港の空で受けたサポートは、今でも忘れることができません。
一人では飛ばしていない。
それを改めて実感した、私のエアライン人生の中でも忘れられない一本のフライトでした。
当時のキャプテン CAPT Y
【Author】
Haruo Shibasaki
Founder, Sora Fun Entertainment
Airline Pilot / A320 First Officer
Total Flight Time: 7,000h (A320: 4,000h)
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